東京八景。
私は、
いまの此の期間にこそ、
それを書くべきであると思った。
いまは、
差し迫った約束の仕事も無い。
百円以上の余裕もある。
いたずらに恍惚と不安の複雑な溜息をもらして狭い部屋の中を、
うろうろ歩き廻っている場合では無い。
硫黄採掘場の風景画もとうとう私の手もとには届いて来なかった。
こうして二年三年と月日がたった。
そしてどうかした拍子に君の事を思い出すと、
私は人生の旅路のさびしさを味わった。
一度とにかく顔を合わせて、
ある程度まで心を触れ合ったどうしが、
いったん別れたが最後、
同じこの地球の上に呼吸しながら、
未来永劫またと邂逅わない……それはなんという不思議な、
さびしい、
恐ろしい事だ。
輸入兄はただ、
しようがないやつだなあこう一言言ったきり、
相変らず夜は縄をない昼は山刈りと土肥作りとに側目も振らない。
弟を深田へ縁づけたということをたいへん見栄に思ってた嫂は、
省作の無分別をひたすら口惜しがっている。
魚容は未だ夢心地で、
ああ、
すみません。
叱らないで下さい。
あやしい者ではありません。
もう少しここに寝かせて置いて下さい。
どうか、
叱らないで下さい。
と小さい時からただ人に叱られて育って来たので、
人を見ると自分を叱るのではないかと怯える卑屈な癖が身についていて、
この時も、
譫言のようにすみませんを連発しながら寝返りを打って、
また眼をつぶる。